1月執筆記事まとめ

そういえばみなさま執筆実績をまとめていらっしゃるなあと思い、ここ最近書いた記事のまとめ。

まだ公開になっていないインタビュー記事、体験記事もあるので小出しにしていく予定でござい〼。

【住宅情報系】
オウチーノ様
http://www.o-uccino.jp/article/archive/machi/20170428-kawaguchi/
http://www.o-uccino.jp/article/archive/machi/20180130-nishikawaguchi/

【ウエディング系】
gensen wedding様
https://gensenwedding.jp/article/10160
https://gensenwedding.jp/article/9873

【ファッション系】
東京ルッチ様
http://tokyolucci.jp/southpawcathy
http://tokyolucci.jp/haightandashbury
http://tokyolucci.jp/juxtaposition

mer様
https://mer-app.jp/c/cCgf
https://mer-app.jp/c/fDae
https://mer-app.jp/c/eD61
https://mer-app.jp/c/eBK7
https://mer-app.jp/c/fEf9
https://mer-app.jp/c/0Dq0

【コスメ系】
LIPS様
https://lipscosme.com/levre/articles/689
https://lipscosme.com/levre/articles/682

【紙媒体】
ラーラぱど2月号 informationページ
https://ebook2.padonavi.net/pdf_e/049_513.pdf

 

 

今こそ、再び舞台に立つ時。【パラレル親方イベントに参加しました。】

先日、「Huuuu」柿次郎さん主催の「弟子をシェアして育て合おう!『パラレル親方』」というイベントに参加させていただいた。

【親方増量】ライター編集者に教育の機会を増やす!弟子をシェアして育て合う「パラレル親方」 - 柿次郎のHuuuuブログ


そもそも、このイベントを知ったきっかけは何の気なしに見ていたTwitter
タイムラインに『パラレル親方』という文字を見つけた時、「これは、あの時の新入生歓迎公演の舞台だ」と思った。錯覚かもしれないけれど、「こちらに来い」と親方が呼んでいる気がした。数年前に出した入部届けの代わりに、応募書類を提出した。

 
何のコッチャ、という話なのだが、仕事の関係上イベントは途中参加ということもあり、以下に私の人生や、これからの展望、『パラレル親方』についての所感をかいつまんで記す。

小学生の頃、私はいじめられていた。


まず、ファッションには一切興味がなく、目が悪かったので、不格好な瓶底眼鏡をかけていた。その容姿から、鏡を見るのは愚か、人の目を見て話すことが出来ずいつも下を向いて歩いていた。
一番のコンプレックスは『声が小さい』ことだった。話しかけてくれる数人のクラスメートや、教師からも「声が小さくて聞こえない」と自身の声の小ささを指摘された。
極めつけは、『みんなが好き』に上手く波長を合わせられなかった。女子が黄色い声をあげるアイドルソングは、私には響かない。

いつもおどおどしているくせに、迎合することはしない。口数が少なく、目も合わせない。そんな私からは、自然とみんな遠ざかっていった。仲が良いと思っていた友人との交換日記には、大きな文字で『死ね』と書かれていた。


そんな私だが、唯一楽しいと思うことがあった。

小説を書くことだ。


物語は、架空の街から異世界まで、どこまでも広がっていった。ジャポニカ学習帳の中には、鉛筆と削り機で作り上げた世界があり、その世界には、友人もたくさんいた。だから、いつまでも書いていられた。

文章さえあれば、私は私でいられた。


ジャポニカ学習帳がうず高く積まれてゆく日々そのままに中学に入学したある時、新入生歓迎公演で演劇部の舞台を見た。

 

その時の感情を何と表現すれば良いのか、私は分からない。何もない0の舞台から1つの物語が生成されてゆく。現実の中に虚構が、虚構の中に現実がまざまざと存在しているその様はある種異様な光景で、舞台に立つ人全員が、とにかく圧倒的に輝いていた。
強く、強く、「私もあの舞台に立ちたい」と思った。

終演後、今まで行動という行動を起こしてこなかった、いわゆる『根暗』な私が、当日1人で入部届を出しに行った。

それからは、今までの自分を変革すべく、怒涛の日々が始まった。

舞台はジャポニカ学習帳から飛び出した物語で、物語を体現する登場人物の私は、舞台に負けるわけにはいかなかったからだ。

毎日発声練習をするうちに、小さかった声は、自然と客席まで響き渡る声になった。胸を張って登場人物を演じるために、鏡で顔を見て表情の練習をするようになった。


小学生の時分の私は段々と消滅していき、3年間続けた舞台を経て、私は別人になっていた。


その後数年、周りと同じように、ふつうに生きようと思い、OLを続けていた。

適度な収入を得られ、人間関係は良好、仕事内容にも何ら不満はなく、お客様とも友人のような関係性を築けるまでになった。


仕事終わりの金曜日に酒を飲み交わすささやかな幸せを積み重ね、月々の給料を洋服や化粧品に捧げる毎日はひたすら穏やかで愉しく、いくらでも続いていきそうな気がした。


だが、根底ではずっと「違う」と思い続けていた。そして、この毎日が続けられないことも、実はきっぱり分かっていた。

なぜなら、小学生当時の自分のような人を文章の力で救いたいという想いが、消えていなかったからだ。世の中に蔓延るいじめは、なくなっていない。日本の自殺死亡率は、諸外国と比較しても6番目に高いそうだ。悲痛な声は、消えない。


私は、アーティストではない。

だから、世の中を圧倒的に変えるような何かをつくっていくことはできない。


だが、私にもできることがある。

文章を書くことだ。


人生は、いつからでも変わる、変えられると、文章で伝え続けていくことは、できる。


『パラレル親方』の文字をタイムラインで見つけた瞬間、そんな想いがフラッシュバックした。決断を、それも大きな決断を、再びするのは今だと直感的に思った。


2017年12月27日をもって、現職を退職することを決めた。


これからは、フリーランスのライターとして生きてゆくつもりだ。

小学生当時の私のような人を、日々を変えたい人を、変わりたいと思う人を、救うために。


もう一度、あの舞台へ。



※補足

・イベントレポートは、もりぞーさんがとても上手にまとめてくださっています。コンテンツが気になる方は、是非こちらの記事を。

【イベント記事】「パラレル親方」の話と、「文化の裾野を広げる」ということ。 – もりぞーの歩き方


・2017年12月28日より完全なるフリーライターとして生きます。『誰かの人生を良い方向に動かせるような事象、想い、考え方を文章で発信する』ことを軸に動いていければと思っています。

・学生時代0ichiというWEBメディアの編集長を務めており、取材記事を執筆していた関係で、上記に記載した通り『人の考え方を伝えていく』『それによって、読者の人生をちょっと動かす』ことに興味があります。そこに出会える人がいるならば、また、誰かの人生を良い方向に変えるためのきっかけづくりやお手伝いができると感じたならば、どこにでも飛んで行きます。サポートさせてください。(いかんせんフリーライターなので、時間がございます。)

greenz.jp

・【組織で上手く適応する】ことが苦手で、どちらかというと【自分で新たな場所をつくっていく】ことが得意です。学生時代に幹部を務めたイベントサークル、1年間主催として続けているDJイベント、編集長を務めた上記0ichi等、0から誰かにとっての居場所をつくること、その空間でハッピーになっている人たちと繋がるのがとても好きです。多分、多少演劇部の経験に起因しているのだと思います。


パラレル親方イベントでは、「世の中に需要があることに応えていくのがライター」という柿次郎さんの言葉が、今の私に一番ストンと落ちました。


応えていけるようなライターになるべく、これから全身全霊で、ゆきます。


こんな私ではございますが、引き続き宜しくお願いいたします。(ビジネス文章によくあるフレーズ!!)